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静岡地方裁判所 昭和47年(ワ)433号 判決

原告

西智寛(旧姓岡本)

ほか二名

被告

静岡中央タクシー株式会社

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

(請求の趣旨)

一  被告は、原告西に対し金一、二三六、三四〇円、原告岡本に対し金四二一、三四〇円、原告錦織に対し金四三六、三四〇円および右各金員に対する本訴状送達の翌日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

(請求の原因)

一  昭和四六年八月二〇日午後一一時一五分ころ、静岡市緑町四番七号付近道路交差点において、訴外出雲勲の運転する被告会社所有の車両(静岡5い七六一五号、以下被告車という。)と補助参加人山本則義の運転する車両(静岡55り三九一四号、以下山本車という。)とが側面衝突した。訴外岡本徳子は、被告車の客として乗車していた。

二  訴外徳子は、右事故によつて頸部、前胸部挫傷を受け、頭蓋内動脈瘤破裂をきたし、同年九月五日静岡済生会病院で死亡した。

三  訴外亡徳子の、原告西は夫、原告岡本は長男、原告錦織は長女である。

四  訴外亡徳子は、右事故により次の損害を受けた。

(一)  逸失利益 金四、二九三、一五七円

亡徳子は、調理士の資格を有し、生前料理飲食店を経営していたところ、昭和四五年三月一日から昭和四六年二月末日までの売上額は、少なくとも金二、一六三、一六〇円であり、そのうち利益は五割を下らないから、月額利益は金九〇、一三一円となるが、家賃月二六、〇〇〇円および光熱費月六、〇〇〇円を控除すること、月額五八、一三一円の純収益をえており、生活費として純収益の三分の一を差引いた残金三八、八二四円が同人のうべかりし利益となる。同人は死亡当時満五一才であつたから、今後少なくとも一二年の就労が可能であつて(自賠保障事業損害査定基準による)、ホフマン式係数九・二一五により、その逸失利益の現在価を求めると、金四、二九三、一五七円となる。

(二)  慰藉料 金三、〇三四、〇〇〇円

亡徳子は、事故前健康であり、原告西と昭和四二年一月五日再婚し、家業に励んでいたから、本件事故による同人死亡による慰藉料は金三〇〇万円、同人の受傷後一七日間における慰藉料は金三四、〇〇〇円が相当である。

五  原告西は、本件事故により次の損害をうけた。

(一)  葬儀費用 金四〇万円

(二)  付添費用 金一五、〇〇〇円

事故の翌日から一日一、〇〇〇円の割合による。

(三)  墓碑墓石代 金三〇万円

(四)  雑費 金一〇万円

事故後徳子死亡までに支出した通信費、身の回り品購入費等

六  原告錦織が、本件事故によつてうけた損害として、埼玉県川口市から静岡まで五往復した交通費で、新幹線特急料金を含め一五、〇〇〇円

七  原告らは、亡徳子の相続人として、前記四の(一)、(二)を各三分の一宛の金二、四四二、三八五円を相続した。一方原告らは被告会社から金一五〇万円と自賠責保険金四、八三三、一三四円の合計六、三三三、一三四円の各三分の一の割合で受給したので、これを控除すると金三三一、三四〇円となる。

八  以上により原告西は、合計金一、一四六、三四〇円、原告岡本は金三三一、三四〇円、原告錦織は金三四六、三四〇円を被告会社に請求すべきところ、同会社は任意の弁済に応じないので、原告ら代理人を選任し、手数料として原告ら各人につき金四万円宛を支払つたほか成功報酬として各人金五万円の支払を約した。

九  よつて被告に対し、請求の趣旨どおりの損害賠償金とこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四七年一二月七日以降完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の答弁の趣旨)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

(請求の原因に対する答弁)

一  請求の原因中、一、三および同七中賠償金支払の点を認めその余の事実は争う。

二  本件事故は、補助参加人山本則義の過失により惹起したもので、被告には賠償義務はない。

(補助参加人の主張)

一 訴外岡本徳子には、事故以前から、脳動脈瘤、高血圧症、動脈硬化症の既応症があり、同人の死は脳動脈の破裂であつたから、本件事故は、誘因にすぎず死因ではない。亡徳子の死と事故との間には、相当因果関係がないものというべきである。

二 本件事故につき、補助参加人山本則義の過失がなかつたと主張するつもりはないが、被告の従業員出雲勲の過失より大きいものでは決してない。

(立証)〔略〕

理由

一  請求の原因第一項の各事実は、当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば本件事故現場は、交通整理の行われていない、左右の見とおしの困雑な交差点であるところ、訴外出雲は被告車を運転し時速四〇キロメートル位で右交差点に進入したとき、おりから右方道路から時速四〇キロメートル位で右交差点に進入してきた山本車の左前部が被告車の右側に衝突したこと、右交差点に向つて被告車の進行していた道路の幅は約七・二メートル、山本車の進行していた道路の幅は約六・三メートルであつたことが認められる。

右認定事実によれば、被告車および山本車ともに見とおしの悪い交差点における減速ないし徐行義務に違反していることが明らかであるから被告車無過失の主張は理由がない。

二  〔証拠略〕によると、訴外岡本徳子(当時五一才)は、昭和四六年八月二〇日本件事故にあい、頭頂部、前額部、背部、前胸部の各打撲傷等の傷害をうけたのち、頭痛、発熱、悪心、嘔吐を訴え、次第に意識混濁をきたして症状が悪化し、同月二五日ころには項強直、高血圧、乳頭浮腫の所見を有したが、同月二六日検査の結果、頭蓋内々頸動脈の後交通動脈分岐部に小豆大の動脈瘤が発見されるにおよび、同人の現症が右動脈瘤の破裂による、くも膜下出血が主体となつていることが判明し、その後同月二八日未明右動脈瘤の再破裂をきたし、その症状が次第に増悪し同年九月五日死亡するに至つたこと。動脈瘤の成因は、一般に先天的に血管壁の弱いところへ動脈硬化などが加わつて発生する場合が多いと考えられているが、亡徳子の場合も一般と同じ成因によるもので、本件事故前から動脈瘤を有していたものと推測されること。動脈瘤の破裂は、外国のある統計によれば睡眠時に、日常生活時、外的刺激時に各三分の一宛の割合で発現しており、必しも外的刺激による頭蓋内圧の上昇によるものばかりとはいえず、外的な刺激がなくても動脈瘤壁の一部分が著しくうすくなつて破れる場合がありえること。動脈瘤の破裂する年令は平均四五才位であり、その死亡率は医学的に適切な処置がなされた場合でも六〇ないし八〇パーセント位であつて、動脈瘤保有者の余命は、かなり短縮されること。本件事故当時に被告車および山本車に乗車していた者の傷害は、比較的軽かつたこと。亡徳子は、生前健康で、昭和四三年ころ腎臓の病気で二週間位入院した以外に病気したことはなく、休日に登山したりする位健康であつたこと。

以上の各事実を認めることができ、これに反する立証はみあたらない。

三  以上の認定事実によれば、亡徳子の動脈瘤の破裂は、本件事故の外的刺激に誘発されて発生したものと推測することができる。そして自動車交通関与者の中には、かかる動脈瘤保有者の存在することを予見することが可能であるから、本件事故と徳子の死亡との間における因果関係の存在を否定することは相当ではないと考える。しかしながら、反面前示のとおり、亡徳子は本件事故がなかつたとしても、遅かれ早かれ動脈瘤の破裂する可能性を有し、そのため死亡し或は障害を受ける危険性があつたのであるし、そのうえ右動脈瘤がなければ本件事故に会つたとしても、死亡という結果は発生しなかつたものと推測されるのであるから、徳子の死亡により生じた全損害を本件事故加害者に賠償させることは、損害の公平な分担を目的とする不法行為法の理念に合致しないものと思われる。そこで、かような被害者における潜在的な病的素因を加害者らの負うべき賠償額の算定にあたり斟酌し、右素因の損害発生に対する寄与率に応じて賠償額を割合的に減額し、その限度における賠償額をもつて、本件事故と相当因果関係ある損害と認定するのが相当である。かかる素因の寄与率は、素因の医学的特性、事故時における素因の状況、被害者の事故時以前における健康状態、事故により被害者の受けた傷害の程度、内容その他諸般の事情を基礎とし、素因の損害に及ぼした影響を考慮して決定すべきものと考える。

四  以上の考え方のもとに、本件における前示諸事情を考慮して、亡徳子の潜在的な素因の本件損害に及ぼした寄与率を評価すべきところ、原告らの主張する損害額(総額八、一五七、一五七円)を基準とし、これに亡徳子の有した素因の寄与率を乗じて減額した被告の賠償額は、原告らの自陳する弁済受領額(自賠責保険金および被告の弁済金合計金六、三三三、一三四円)を超えるものでないと考えられるので、原告らの損害額および前示寄与率を具体的に数額をもつて確定するまでもなく、原告らの被告に対する損害賠償請求権は存在しないものというべきである。

五  よつて、原告らの本訴請求は失当として棄却を免れず、民事訴訟法八九条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安田実)

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